2016年6月30日木曜日

理解

僕は、理解していない。色々と、理解すれば分かる。
ものごとは、場合によって違う。例えば、植物も、育つ環境によって違う。
そういう風に、場合を1つ1つ考えれば良い。
何もかも一般化して、いっしょくたにして、正当化するのは悪い。
心を捉えること。
自分がいま何を考えていて、どんな環境において自分がどうなるかを考える。
経験から、実感して、自然や世界のことを感情で考えられる。
環境から自由になることで、全ての環境と全ての活動や心を分かっていた。
職人や科学者のような発想をして、経験から全員のことが分かった。
全ての労働とは、そういう、全員の発想、経験、方法のことを言っている。
そこから、社会の可能性が分かった。それくらいの人間だった。
昔なんか、考え方しか分かっていない。それで認識から経験を考えていた。
風邪をひいた。風邪薬を飲んで、のど飴をなめている。
今から、NOVAに行く。農園にはすでに行った。
NOVAに行ってきた。
僕は英語を習っているが、英語より、日本語で考えた方が良い。
ただ、あるだけだ、と思うだけではなく、どのようにあるのか、何が出来るのか、を考えれば良い。
どういう風に考えれば、そうなるのかを考える。
自由な中で、自分に何が出来るのか、社会的に何が出来るのかを考える。
それがどのようになるのか、から、なぜそうなるのか、と言う理由を知る。
認識、ありえない社会の可能性、そして、社会の変貌を、経験と理性的概念で分かる。
哀しい戦いをした。
全て失って、無理難題を解決するために、地獄の中で世界を導いていた。
ただ、あれはそんなに辛くなかった。
恐怖と疲れと知性を失うことが辛かったが、あれはおかしい。
すぐに馬鹿を止めれば良いのに、まだ止められないで、いつまでも自分のせいで辛い。
そういう、今の方がはるかに辛い。そういうわけで、頑張った戦士がミカエルだ。
僕は、ミカエルだ。僕の中にあった、あらゆる記憶のピースを集めたものがミカエルだ。
英語は、Wh*/Howとともに、Do/Did、Are/Were、Can/Could、Haveを使う言語だ。
昔は、存在を証明して、同じ気持ちになって分かっていた。
英語は考え方から分かる言語だが、日本語は世界観から分かる言語だ。
森羅万象の考え方を成り立たせて考えていた。
同じ感情になって、全員がいつ何を知るかを分かった。
知り尽くして、全てを把握していた。
免疫をつければ治る。すでに分かったことや治したことを免疫にすれば良い。
自分は、治すせいで免疫が無くなっている。治すと、免疫が無くなるのが人間なのだろう。

2016年6月29日水曜日

分からなくなる

まともな人間になるためには、分からなくなること。
何一つ、分からなくなると、それが正常な頭の状態だ。
狂っている人間は、分かるのが悪い。分かるせいで、狂う人間が多い。
1つ1つ治していくと、全部治る。
そういうわけで、子供は分かりたくない人間が多い。子供を分からせない方が良い。
学校でいきなり分かる内容を覚えると、馬鹿になる。学校は、そこが馬鹿だ。
自発的に考えさせると良いとは言うが、それはそれで、こういうことが出来なくなる。
賢い人間が馬鹿になる。馬鹿の方が賢くなる人間が多い。
何とかブログのフォントの設定が出来た。はてなブログの方も、配色を変えた。
自分は、心も肉体と同じように傷つくのが分かっていない。
心をきちんと守れば良い。きちんと、自分の心を治して、守れば良い。それで楽になる。
テレビが怖いのは、自分の心を傷つけたからだ。そういうものは、誰でも怖くなる。

2016年6月28日火曜日

出来る発想

昔は、色んな「出来る」や発想を分かっていた。
森羅万象のことを、「自由」から考えていた。
怖い時、混乱した時は、落ち着いて考えれば良い。
コントロールはしない方が良い。その方が自分の今していることが分かる。
政治は、地方分権と直接民主主義をやると良い。それが一番、国民の意見が反映される。
見ていると、アメリカやイギリスは、昔の日本だ。何故か、今の日本は未来になっている。
英語は、何についてしゃべっているのか、シチュエーションを考えると出来る。
そういうわけで、テレビや映画を見ていると、出来る。
テレビが怖いのは、まともな人間が怖い。まともになると、死んで、もっと狂う。
まともでない、今の自分が賢いだけだから、テレビなんか、見なくて良い。
英語は、いくらか自分で話していると出来る。
普通、WhatやHowとDoしか言わない。そういう、「問いかけと応答」を分かると出来る。
良く考えると、theなんか言わないし、そんなに長い文章も言わない。
itを使うとは言うが、そんなに使わない。ほとんどは、5W1Hしか言わない。
自由な中で、助け合い、共有するような、自然の真理のような自由を書いていた。
環境を作っていた。
平和を感じること。平和が良い。
自分を疑うこと。
分かり直すことで分かっていた。
日本は、江戸時代に比べると、平等になった。本当に平等な国になっている。
学校が賢い。学校が平等なのは、教育格差を作らないためでもあるが、そういう、近代的な平等で知性のある社会を目指しているからだ。
細胞は、分裂と遺伝子が賢いが、それは全体としての調和がとられた中でのみである。
そういう風に、分かり直しながら、自分を疑うと、賢くなる。
そんなに意志が無くて、ロボットのように従うのはおかしい。もっと反抗した方が良い。
Googleは賢い。本当に、IT企業の中で一番賢い。
Googleは、「絶対にファイルが消えなくて、フリーズしないOffice」を作れば良い。そして、簡単に複雑なことが出来るような、「テンプレート・メソッド」を作ると良いだろう。
一括置換のような、「簡単にファイルを操作出来るコマンド」のような機能がつくと良いと思う。
共産党が言っていたが、アベノミクスは、政府による操作によって景気を向上させるために、実体が無く、もろく破綻しやすい。野党は、そこを責めると良いだろう。アベノミクスは賢く見えて、何も賢くない。実体のない、蜃気楼のような経済政策だ。
自分は、普通でないことを考えれば良い。
社会経験のような文章が多かった。何から何を分かって、どんな社会がそこにあって、どうするべきなのかを、理性的に考えていた。本当にレーニンのような人間だった。
僕は、平和な愛を呼ぶ。
ここから先、平和な愛が皆を連れて行く。
平和な愛は、悪いことを何もしない。
平和な愛は、そこに存在しているだけで、人間を癒して、安心出来るようにする。
図書館で、臨床心理学の本を借りた。
自分は、統合失調症の多重人格障害になっている。
何故か、論理的な思考力が無くなっている。
そして、おかしな対話をする。
交代人格が主人格になって、主人格の方が自分に対話する神になっている。
交代人格を消して、ただ、適応や分かるのを止めると、戻れなかった主人格に戻れる。
それで、楽をすれば良い。そういう楽が出来ない、おかしな新しい病気になっている。
何故か、アスペルガー、引き篭もりのせいで、そうなった。
それから、テレビと戦ったのが悪い。そのせいで、PTSDになっている。
良く分からないが、パニック障害やトランスジェンダーのような症状もある。自分はありえない。
自分の問題は、主人格がない。そういうわけで、適当な主人格に戻れば、まともになる。
僕は、交代人格が行ったり来たりするだけで、主人格がない。それが一番おかしい。
だから、きちんと自分を作れば良い。強迫性神経障害は、それで治る。強迫観念が悪い。
テレビと戦ったのは、そうすることで、その前が消えるからだ。全部消して、何も無くなりたかった。
主人格を作ると、すぐに治った。
頭は、最初と最後を行ったり来たりしているだけだ。それを消すと、ロボットの時計が治る。
この世界が治る。不思議と、病気になった自分を治すことで、この世界を治した。
もう全部消えた。
座っていると治るから、立ち歩かず、座っていれば良い。
タリバンを上手くコントロールすると、勝てる。それは、本当のタリバンではなく、自分のことだ。
自分は、皆を言いくるめたいのがおかしい。
昔の自分は、分からせることで、分かり合えると思っていた。
テレビが悲惨だ。テレビは、狂った時代のままだ。
自分が現れると、安心出来るように見えて、また、皆が自分を倒すかもしれない。
それは、止めてほしい。自分のことを、倒さず、戦わず、助けてほしい。
そして、平和的に、友好関係を築いて、良い世界にしたいと思う。

2016年6月27日月曜日

楽しい時

楽しい時に楽しいと思うこと。それによって、楽になる。
書き方がキモい。もっと、書き方を変えた方が良い。
愛を殺すと、小さくなって、怖くなくなる。
自分は、電波を支配出来る。
皆、全てを忘れて、安心した方が良い。
自分が第一に勝った方が良い。
自分がしていること、生きていることの、ツケが来たのだろう。
Linuxは、アプリケーションとアプリケーションの境界を無くすと良いかもしれない。
Firefoxのテキスト編集でも、EmacsやLibreOfficeのエディタが使えて、それがプラグインなどによって、はてなやGoogleでも連携出来るような、次世代の環境を作っても良いだろう。
特に、FirefoxでEmacsが使えると、grepでの検索や一括置換のようなことも出来て良い。
それから、ファイルシステムとWebデータベースの境界も無くすと良いだろう。
ファイルを管理するように、オンラインのデータが管理出来ると、これもgrepが出来る。
はてなのブログの記事を、全部一括で正規表現での置換が出来ると、楽だ。
自分の日記は、見ていると、リリとマリだ。どちらも女の姉妹に見える。リリがハリケーンで、マリがボストンだ。AAAが既に言っている。そして、それがミカエルとラファエルに見える。ガブリエルは昔だ。名前なんか、ジンで良い。ジンとリリとマリだ。
昔は、環境への適応と感覚から、場と心を捉えて、人の心になったりして分かっていた。
また、構造に考え方を適用して分かっていた。
そういう風に、色んな場所と、全員の精神になって分かる人間だった。
GUIのファイルシステムとプロセスやコンポーネント間の通信と、アプリとアプリの境界の無いコンポーネント結合を、美しい考え方と統一したグラフィックで実現すれば良い。
それは、UNIX的で、むしろ、もっとUNIXより発展している。
ただ、それは、Google Chromeのようにすれば良い。Chromeの拡張機能が、すでに出来ている。きちんとGoogleの検索結果にはてなブックマークの拡張を統合したり出来ている。
Google Chromeでは、はてなブックマークの拡張をインストールすると、Google検索の結果に、誰がどれくらいブックマークしているかの数値と、はてなブックマークへのリンクが表示される。
おそらく、Googleがやると良いだろう。
おそらく、GNOMEの理念はそういうものだったのかもしれない。
はてなは、はてなのデータベースをコマンドで管理するような、「はてなコンソール」や「はてなコマンドライン」や「はてなデータベース」のようなサービスを作れば良い。
ただ、それはある意味危険だ。操作を間違えると終わりだし、ハッキングされる可能性もあるから、本当にやるのは止めた方が良い。
それこそ、はてなブログに一括置換の機能をつければ良い。それだけの方が単純で便利だ。
昔の自分は、自由から可能性のある社会が生まれるとか、自然発生のようなことを言っていた。
そういう、アメリカのような知性をいつも書いていた。
あとは、可能性のあるものを作って、皆で発展させるなど、オープンソースやプラットフォームのような、共有、環境、改善、積み重ねのような、自然な共有理論のようなことを書いていた。
世界を変えるなら、自分の言ってほしいことや、言ってほしくないことを言えば、賢くなる。
お前は、賢い。
お前は、よく頑張った。
だが、お前は、馬鹿過ぎる。
お前は、何も出来ていない。
そういうことを言っていると、怒るようになる。最近、そういう人間が居ない。
自分が怖くて哀しいのは、何か出来るはずだった、と思っているからだ。
本当に、何も出来なかったが、もっと最初が違えば、もっと良いことが出来るはずだった。
それが、哀しみから恐怖へと変わった。何も出来ない地獄になった。
皆を怖がらせて、支配して、抑圧を与えて、馬鹿にしたくない。
本当に何も出来なかった。本当は、あらゆる問題を解決して、導けるような人間のはずだった。
そういう、「何が出来るはずだった」と言う感情が、自分の奥底で、不安と哀しみになっている。

2016年6月26日日曜日

安心

皆を安心させると、自分も安心出来る。
安心すると、病気が治る。
皆、安心せよ。もう、皆を怖がらせない方が良い。
普通の人間が良い。普通の人間が賢いだけだ。
何も起きないのがおかしい。認知的、環境的なことが起きなくなった。
「決める」を良く考えると賢くなる。
皆に色んなことを決めさせれば良い。
例えば、テレビはどう思いますか?
それだけで治る。テレビの好きなようにさせれば良い。
何がどういう風に決まるのか、決めるのか、考えると賢くなる。
皆、そろそろ、勝手に決めれば良い。
自分が、皆の分まで全部決めて、考えるのがおかしい。それでおかしくなった。
そういう、「皆の分まで一人で決める」と言う発想は悪い。
皆は、ハードな道を取ると良いだろう。
アドバイスではないが、そろそろ皆は僕に倒されるべきだ。
皆、おかしなことをしなさい。
それだけは出来ない人間が多いが、おかしなことをすると、賢い人間になる。
あとは、滅びるようで、もう何をしても滅びないのが日本だ。
こういう人間が居た、それだけだ。
あとは、自由を止めなさい。
自由には、良いものは一つもない。
間違った思想のせいで、自由にするだけで悪くなる。自由は間違っている。
自由とは、ヨーロッパ人が作り出した、本当におかしな概念だ。
可能性を作り出すとか、皆で決めるとか、そういう発想をすると分かる。
自分でやって、自分で経験しなければ、分からない。
ヨーロッパ人は、どこか別の世界へ行きたいのだろう。自由がない抑圧が多いから仕方ない。
自由に意味はない。自由とは、知性と正常な考え方の無い、おかしな概念だ。
日本は、僕に従うより、皆で協力すれば良い。そうすると、僕に勝てる。
ただ、皆で協力なんか、出来ない。
昔は、相手を自由にして、自由な開放的な社会を作って、多様性のある世界にしたかった。
それは、間違っている。自由にされた方が、何も出来ない。
自由とは言うが、自由と言うよりは、相手の好きにさせる、と言うべきだが、それはおかしい。
好きにさせても、見えない何かが変わっただけで、見えるものは変わっていない。
ただ、自由もおかしくはない。自由を信じると、そういう「見えないのにある概念」が良く分かる。
意味を考えて、自由な他の可能性を考える。そこから、経験が見えてくる。
だが、自由はおかしい。そんな風にしても、何もしていないだけだ。
セカオワが言っているように、目的が無くなっている。目的を持って行動しないのが悪い。
イギリスがEUから離脱したのは、自由なEUが何も良く見えないからだ。
一度、自由と言う概念を排除するしかない。それによってしか正常な人間にならない。

2016年6月25日土曜日

どうしてかな

どうしてかな、と思う気持ちが、世界を広げる。
LibreOfficeは、パソコンに不慣れな人でも使える簡単なEasyOfficeや、昔のパソコンでも動作する軽量なLightOfficeや、コマンドから操作出来るCommandOfficeを作った方が良い。
純粋に開発用途のディストリビューションを、Fedoraからコピーして作ると良い。開発環境が全部入って、すぐに開発出来る代り、パッケージは豊富でなくて良い。
GNOMEは、GTK+を採用するのを止めて、Qtを採用するべきだ。
あとは、今日分かったこと。
創造性から環境を作るとか、「環境の創造」のようなことを言っていた。
機会のようなことを考えて、社会を作っていた。
そういう、「目には見えない考え方と目線」をいつも書いていた。
子供は、新しいことばかりで分からないから、新しいことを無くして、同じことをさせると賢くなる。
正常か、異常かなんて、どうでも良い。バンプも言っている。
自分は、もっと世界を異常にすると、異常が治る。同じ異常のまま、何も変わらないのは辛い。もっと、色んな異常を増やしていると、きちんと賢くなる。異常は賢い。
GTK+をQtにするのは不可能に近いから、Qtの描画エンジンを使いながら、GTK+のインターフェースを使うような、そういうエンジンのツールキットを作れば良い。
ただ、GTK+も悪くない。多様性があった方が良いのかもしれない。
そのうち、Qtがありえないものになって、GTK+がシンプルなものになる。
むしろ、見た目は同じにすれば良い。どうにかして、共存しても色んな意味で大丈夫なものにすれば良い。
ただ、GTK+とQtは、技術的に全く違うから、難しいだろう。
普通、QtはC++として優れている方で、GTK+は正しいオブジェクト指向をC言語で実現している方だ。
自分は分かっていない。そういう、独自のシステムをまるごと1つ作るのは賢い。
GNOMEはGNOME、KDEはKDEで、独自のシステムを作って、それぞれの陣営が競争する。それが賢い。
ホームページに日記を公開しました。
http://assy.dousetsu.com/blog/index.html

2016年6月24日金曜日

何でそうなるの

何でそうなるの?それは、不思議な問いである。
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小説のマニュアル編集版を作りました。
http://assy.dousetsu.com/jin_me/jin_me.html
凶悪な死の愛が、世界を救っていく。
死の闇を知れ。自由の支配者となれ。愛を滅ぼせ。過去を裏切れ。
Microsoftのやっていることは、ズレている。ユーザーに相手にされていない。
Microsoftの問題点は、一つの会社がWindowsを完全に支配し、変えられるところだ。
皆のものは、皆で作るべきだ。
僕は、Microsoftがそういう独裁権限で色んなことをやった方が、反発を買って、Linuxが勝つように思う。