2016年6月25日土曜日

どうしてかな

どうしてかな、と思う気持ちが、世界を広げる。
LibreOfficeは、パソコンに不慣れな人でも使える簡単なEasyOfficeや、昔のパソコンでも動作する軽量なLightOfficeや、コマンドから操作出来るCommandOfficeを作った方が良い。
純粋に開発用途のディストリビューションを、Fedoraからコピーして作ると良い。開発環境が全部入って、すぐに開発出来る代り、パッケージは豊富でなくて良い。
GNOMEは、GTK+を採用するのを止めて、Qtを採用するべきだ。
あとは、今日分かったこと。
創造性から環境を作るとか、「環境の創造」のようなことを言っていた。
機会のようなことを考えて、社会を作っていた。
そういう、「目には見えない考え方と目線」をいつも書いていた。
子供は、新しいことばかりで分からないから、新しいことを無くして、同じことをさせると賢くなる。
正常か、異常かなんて、どうでも良い。バンプも言っている。
自分は、もっと世界を異常にすると、異常が治る。同じ異常のまま、何も変わらないのは辛い。もっと、色んな異常を増やしていると、きちんと賢くなる。異常は賢い。
GTK+をQtにするのは不可能に近いから、Qtの描画エンジンを使いながら、GTK+のインターフェースを使うような、そういうエンジンのツールキットを作れば良い。
ただ、GTK+も悪くない。多様性があった方が良いのかもしれない。
そのうち、Qtがありえないものになって、GTK+がシンプルなものになる。
むしろ、見た目は同じにすれば良い。どうにかして、共存しても色んな意味で大丈夫なものにすれば良い。
ただ、GTK+とQtは、技術的に全く違うから、難しいだろう。
普通、QtはC++として優れている方で、GTK+は正しいオブジェクト指向をC言語で実現している方だ。
自分は分かっていない。そういう、独自のシステムをまるごと1つ作るのは賢い。
GNOMEはGNOME、KDEはKDEで、独自のシステムを作って、それぞれの陣営が競争する。それが賢い。
ホームページに日記を公開しました。
http://assy.dousetsu.com/blog/index.html

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